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転勤族の妻 そして仕事?その2

 ありました!天職の3つの要件です。書かれていたとおりに転記させていただきます。

1.「自分のやりたいことを何でも良いのでやってみること」
2.「それが、人や社会に役立つものになることでないといけない」
3.「それで生計を立てれること」

 どこかの大学の先生が仰った言葉だそうです(詳細は書かれていませんでした)。簡にして要、とはこのことかという言葉だと思います。

 2つ目と3つ目の要件は、非常によく分かります。いくら私がランニング大好きであっても(実際は練習サボってばかりのなんちゃってランナーですが^^;)、私が走ることで社会の役には立てないし、従って当然報酬も貰えません。仕事として成立するということは、すなわち求められたサービスと報酬がイコールで結ばれて存在することですから。

 しかし、悩ましいのは一つ目の要件なのです。
 私はこの記事を書き始めるまで、「自分がやりたいこと、自分にできることってなんだろう?」とず?っと考えあぐねてきました。例えばうちのダンナを見ていると分かりやすいのです。ダンナは特別な技術も資格も学歴もある訳ではありませんが、私と知り合うはるか昔から根っからの趣味人なのでした。私が知っているだけでも彼が興味を持って一家言ある対象はいくつもあり、中でもパソコンに関しては、過去には会社に秘密で自分でPCの製造を受注してきて、結構いい副収入になっていた時もあったようです。
 もちろんITやらデジタル系こそ進歩が速すぎて、当時ダンナがやっていたようなPCの製作くらいでは早晩立ち行かなくなったかも知れません。本当に主収入にするには、もっと知識も情報もガツガツとついて行く努力をしないといけないのでしょう。

 しかし、私はそれ以下なのです。つまり、39歳で結婚して退職するまで、今から思えばあまりにもサラリーマン的でした。とにかく仕事が忙しくて、仕事以外のことはほとんど何もしていませんでした。家と会社の往復ばかりで興味の対象が拡がることもなく。というか、有給休暇を取ることにもどこか罪悪感のようなものがあるくらいだったので、興味や趣味が拡がってやりたいことが増えることを恐れてそうした欲求を押さえつけていたというのもあります。
 その結果、今の自分には何も残っていません。
「いや、それだけ仕事に没頭していればその仕事の経験や知識を生かせるだろう」と思われるかも知れませんが、正直自分にはあの業界は居心地悪いものでした。あまり詳しくは書けませんが、自分のやっている業務はおろか社業そのものが「本当に世の中の人から必要とされているのか?」と疑問に思え、会社が上げている利益は社会の流通構造をもっとシンプルにすれば存在する必要のないサービスを、無理矢理そのような構造にすることで一般のコンシューマーから吸い上げているものではないかと感じられました。

 もともと自分の実家は自営業で、父は昔ながらの技術職です。ですからそんな家風もあって、「求められたものを生み出して提供し収入を得る」というのが地に足のついた仕事のように感じられるのでしょう。
 ですから今までのサラリーマンという「職業」を辞めて、自分でずっと続けられる仕事を見つけようと思い立ったとき、まずは「社会が必要としていることで、且つ自分ができることってなんだろう」という方向に思考が向かいました。ここで言う「自分ができること」というのは、「自分が好きで一生続けられること」というような意味合いです。
 しかしこの記事を書いているうちに、だんだんと「そうとは限らない」という気にもなってきています。
 もし本当に社会から必要とされている技術やサービスなのであれば、好き嫌いはともかく一旦棚上げにして、まずは何らかの手段で習得する。それが「人や社会に役立つもの」であり、「それで生計を立てられる」のであれば、生きていく手段としては十分なのではないか?
 いやいや、それで自分の気持ちを押し殺してずっとサラリーマンをやってきた挙句、何も残っていないと感じる自分がいるのも事実です。
 仕事を探す際に「自分の好き嫌い」、どこまで重視するべきなのか分からなくなってきています。

 唐突ですが、私の好きな言葉にこんなのがあります。

「存在するものは全て合理的である。」

 ヘーゲルの言葉だそうです。身の回りの事象を観察してみると、なるほど名言だな?、と思います。(その言葉に乗っかって昔の自分の仕事のことを検証すれば、その会社はその社業で存在していることにちゃんと社会的意義はあったんだということになります。それが良いとか悪いではなく、私が好きではなかったというだけのことです。そうであるならば、いくら社会的意義のある仕事であっても当人の嗜好と合わなければ不幸な職業人生になるということでしょうか。そう考えるとやっぱり仕事への好き嫌いも仕事選びには考慮したほうが良いでしょうか?)
 「世の中が必要としていること」「店舗や在庫を持たずサービスを提供する」等々つらつら書いてきましたが、言うまでもないことなのですが世の中の「ニーズ」、これこそ見ることも触ることも出来ない掴みどころのない存在です。
 しかし「ニーズ」が存在していることは、この世の中にごまんと職業が溢れていることから疑いようがありません。目に見えないニーズは、それを満たす職業が機能することによってその存在を確認できます。
 この世にあらゆる職業が存在しえているのは、それら全ては「存在する合理的理由があるから」です。一体世の中には、目に見えないから気がつかないどんなニーズがどれだけ溢れているのか、それを確かめるためにでも、天職の3要件のなかの一つ目、「自分のやりたいことを何でも良いのでやってみること」を行動に移すべきかも知れません。



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テーマ : 働くということ - ジャンル : 就職・お仕事

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