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Qちゃんの言葉

 高橋尚子さんが引退したときの記者会見。

 なぜか、私は驚きとか悲しみとかといった感情をあまり感じず、淡々とそれをテレビで見ました。

 そんな調子だったのでうろ覚えなのですが、たしか会見の締めくくりでは
「皆さんはお仕事や勉強の日常を頑張ってください。」
というような言葉で終わったように記憶しています。

 この言葉、今でもとても私の中に残っています。
 その理由は、走ることが好きな方なら誰でも察しがつくことでしょう。

 一時の私もそうでしたが、走ることには不思議と中毒性があります。走ることが楽しくて楽しくて、身体が疲れていることすら感じられません。毎日走ることが当たり前になり、走れない日があるとイライラしてきます。そしてついには、本業の仕事の最中でもいつも頭のどこかにランのことがあり、自分の生活はまずランがあって次に仕事があるようになるのでした。

 これは、幸せなことなのでしょうか?
 私にはあまりそうとは思えません。
 休みの日も家族を置き去りに走りに行きっぱなしだったり、職場の仲間との親睦を深められなかったり、仕事に傾注すべき力が分散したり・・・。

 自分の頭の中がいつの間にか「ラン>日常」になっていることに気づいたとき、人間として少しいびつになりかけている気がしました。自分の楽しみばかりを追求して、周りを犠牲にしていることに気が付いていませんでした。

 Qちゃんのようなエリートランナーの本業は走ることです。彼らの日常は朝起きてから夜寝るまで、およそ人間の活動する時間が全て走ること一色です。
 そして私たち市民ランナーの日常は、ランニングコース上にはありません。それは職場だったり家庭だったりコミュニティに、24時間があるのです。

 Qちゃんに憧れ、それを夢見て走りに夢中になるのは素晴らしいことですが、ずっと夢見ていられるわけではありません。いつか覚めなければいけない時がきます。
 Qちゃんが「走り」という本業を自ら降りたように、私たち市民ランナーもランナーズハイは永遠には続きません。必ず終わりがあることを受け入れなければなりません。

 最後にQちゃんが、「皆さんは仕事や勉強の日常を頑張ってください」と言ったのは、なんだか暗示的に聞こえます。私には、最後のほうのQちゃんが走りを楽しんでいるようには見えませんでした。自分のためではなく、期待してくれるみんなのために走りその重圧に耐えかねているように見えました。
 走ることが加熱すると、いつの間にか自分自身も本当に人生の中核を成している日常も置き去りになってしまう。そんなことがないように皆さん気をつけてください、と聞こえなくもないのです。

 最近、仕事をしながらまたランのことを考えて浮ついてしまう私。そんなときはQちゃんの言葉を思い出します。
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テーマ : なんとなく書きたいこと。。 - ジャンル : 日記

コメント

No title

まさにこの事を昨日嫁に指摘され、今少し反省しているところです。
最近はランですが、以前は「スカッシュ」という競技にも没頭していました。
自分もQちゃんの言葉を頭に入れておきます。
平日は帰宅して走りに行く事が多いので、子どもたちの相手もあまりしていませんでした。もう少し暖かくなったら、早朝ランにして夜は家でゆっくりしようと思っています。

ジョギンガー

なんだか悪いことを書いてしまったようですね・・・。
そんなタイミングだなんて、申し訳ないみたいです・・・・。

本当に私も、これを自戒の念を込めて書きました。
これってランナーみんなに共通する悩みですね。
うまく時間を作り出すのも、ランニング技術のうちかな・・・?って、最近は思い始めています。
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